琉球大学 山里勝己

 アメリカ大統領本選挙の民主党候補者がやっと決まった。史上稀に見る激戦、しかもヒラリー・クリントンが初の女性大統領をめざして奮闘すれば、かたやバラク・オバマが初の有色人種の大統領をめざして激しい選挙戦を戦うという、きわめてスリリングな展開となった。どちらにも勝たせてあげたいと思ったひとが多かったのではないだろうか。
 民主党の予備選挙を見ながら、ふと思ったことは、このふたりのうちのどちらかが大統領に選ばれたときに、どのようなことをするのだろ う、同じ民主党の大統領であったジョン・ケネディやビル・クリントンが就任式でやったようなことをするだろうか、やるとすればどのようなものになるだろうか、ということであった。
 つまり、これはアメリカ民主党の伝統になりつつあるように見える が、大統領就任式に、詩人を招待し、詩を朗読してもらうということである。これはわたしの知る限り、おそらくケネディが就任したときに、ロバート・フロスト(Robert Frost)が詩を朗読したときが最初であったように思える。それからビル・クリントンが就任したときも同じようなことをした。点が二つ、三つとつながると、それは伝統になっていくはずである。同時に、この伝統は、もしかするとアメリカ文学とアメリカ大統領のある種の関係に関する指標になりうるかもしれない。
 ケネディが1961年に就任したとき、その就任式で詩を読んだ胡麻塩頭の白人男性ですこし猫背気味の老詩人の姿は後世まで残ることだろう。これは、もちろん、イギリスの桂冠詩人の伝統を意識したものであり、「ケネディ王朝」の始まりを示す儀式でもあった。そして、そのために選ばれた詩人は、北部人、男性で白人の詩人であった。
 それから32年後、大統領選で自らの姿をケネディに重ねる戦略をとり、高校生のときにケネディと握手する自らの姿をメディアにさらしながら勝利したビル・クリントンの1993年の就任式では、南部人、女性でアフリカン・アメリカンのマヤ・アンジェロウ(Maya Angelou)が詩を朗読した。ビル・クリントンはあきらかにケネディを意識し、その就任式で際立って対照的でありながら同時に伝統を形成しようとする意思を示しながら、政治的なパフォーマンスを演出して見せたのであった。
 それは、クリントンの時代が、ケネディが支持しその志半ばで倒れた公民権運動の時代を遠く離れて、フェミニズムの時代、あるいは多文化の時代がアメリカに到来したことを、テレビ中継を見ているアメリカ国民に知らせる絶好の機会になったことを示す儀式でもあった。
 今回の予備選挙中、CNNは演説するオバマ氏とクリントン両氏の姿を連日伝えていた。演説にすこし倦み疲れたあとは、わたしには二人の後ろに座っている人々の姿がおもしろかった。特に、オバマ氏の後ろに陣取る多様な人種の中でも、多くの白人支持者の存在は興味深いものがあった。選挙につきもののパフォーマンスが多分にあったにしても、この人たちの姿は、オバマ氏の登場で、自分は誰であるか、アメリカで白人であるということはなにを意味するかということを問いつめた、多くの人たちが存在するということを示唆するように感じられた。オバマ氏は、アメリカの現在にふたたび姿をあらわした奴隷制の亡霊を直視しながら、人種を越えた新たな社会の夢を語りかける。民主党の予備選挙でオバマ氏が示したように、「アメリカの夢」は必ずしも物質的な「夢」だけを意味しない。アメリカ公民権運動が提唱し、オバマ氏やその支持者たちが行動でしめしたように、人種差別のない社会という「夢」もまた、もう一つの「アメリカの夢」なのである。しかし、これからの本選挙ではもしかしたらどうしても越えられない人種の壁がはっきりと見えてくるかも知れない。
 オバマ氏が当選したら、はたしてケネディやビル・クリントンのときと同じように、就任式でだれかが詩を朗読するのであろうか。もしそれが実現したら、そのときには新しいアメリカの伝統が生まれた瞬間をわたしたちは目撃することになるだろう。詩を読むのはだれだろうか。そしてそのときにはどのような詩が朗読されるのだろう……。

 アメリカ大統領就任式は、その時代を占う儀式であり、もしかした ら、それはまたアメリカ文学の行方を示唆するものになるのかもしれない。そのとき、わたしたちにはどのようなメッセージが送られることになるのであろうか。このようなことを期待しながら、11月の本選挙を待ちたいと思う。

(第54回九州アメリカ文学会年次大会開会式での会長挨拶を文章にしました)。

 NewsLetter37
大統領とアメリカの詩