5月の総会で、会長に就任いたしました。総会で簡単にご挨拶をいたしましたが、ニューズレター編集部からの依頼もありますので、一言、ご挨拶を申し上げます。
安河内前会長の後を受けて会長にというお話がありましたときに、歴代会長の先生方のお名前が思い出され、とても私のような者につとまるものではないとご辞退申し上げました。沖縄は遠いのでご迷惑をおかけするのではないかということも申し上げましたが、インターネットの時代には物理的な距離はあまり問題ではないというご指摘がありました。いろいろと悩みましたが、これまで沖縄からKALSに対する貢献が多くはないということを考え、お引き受けすることにいたしました。安河内先生のような強力なリーダーシップで学会の活動に貢献できるかどうか、私のように九州から海を遠く隔てた場所から学会運営に参加する者としては、事務局、役員の皆様、また、多くの会員の皆様のご協力がないと、学会の運営がうまくいかないのではないかと気にしております。いささか不安が先に立ちます。しかし、お引き受けした以上は、役員、そして会員の皆様のご協力を得ながら、KALSの発展のために力を尽していきたいと考えております。皆様、どうぞよろしくお願い申し上げます。
アメリカ文学研究は、1980年代を境にはっきりと様変わりしました。それまで、比較的安定していたように見えた「アメリカ文学」という言葉の指示するものが大きく揺れ動き、周知のようにカノンの再編成が始まり、この動きは21世紀の冒頭においてもまだおさまっていない、というよりは、「アメリカ文学」という言葉の意味はさらなる動揺、その枠組みの拡大へと向かいつつあるように見えます。
1948年に刊行されたRobert E. SpillerらのLiterary History of the United Statesは、それぞれの世代はそれぞれの世代のアメリカ合衆国文学史を有するべきであると述べ、「アメリカ文学」の枠組みを次のように定義しました??“The literary history of this nation began when the first settler from abroad of sensitive mind paused in his adventure long enough to feel that he was under a different sky, breathing new air, and that a New World was all before him with only his strength and Providence for guides” (“Address to the Reader”).この定義がユーロ・アメリカンの眼差しに規定されたものであること、そしてきわめて狭い時間枠で設定されたものであることはいうまでもありません。
この文章が書かれてから40年後の1988年、Emory Elliotを総編集者とするColumbia Literary History of the United Statesは、次のようにアメリカ文学の枠組みを設定してみせました??“The literary history of this nation began when the first human living in what has since become the United States used language creatively. Presumably, that moment occurred many centuries ago when one of the members of the numerous Native American tribes formulated a poetic expression or told a story” (“General Introduction”). この文章が、先行するスピラーたちの文学史に対する挑戦であることは明らかです。定義に使われた最初の10語は両者とも全く同じです。しかし、11語目で“settler”を退け、“human”を挿入することで、『コロンビア文学史』は文学研究の変容を衝撃的に明示しようとしました。エリオットたちは、はっきりと多文化主義の時代が到来したことを宣言し、新しい世代の「アメリカ文学史」を対置してみせたわけです。いま、21世紀の冒頭で、主流となっているのがこの枠組みであり、この枠組みの中で文学研究は多くの成果を獲得したことはいうまでもありません。
2007年は『コロンビア文学史』刊行からほぼ20年、21世紀のグローバリゼーションの進展を深く意識するようなアメリカ文学の枠組みが模索されるようになりました。たとえば、Wai Chee DimockとLawrence Buellが編集したShades of the Planet: American Literature as World Literature (Princeton UP, 2007)は、上記の2冊の文学史にはっきりと見られる国境の枠を取り払い、“transnational”や“postnational”、あるいは“planetary perspective”という概念などを基礎に、アメリカ文学の枠組みを新たに構築し、新しい読解を求めようとしています。世界の「中心」としてのアメリカが揺らぎ始め、国家の枠を越えて世界のさまざまな地点・視点からアメリカ文学を読もうとするとき、これまでと異なる斬新なアメリカ像が浮かび上がり、新たなアメリカ文学の枠組みの可能性が予感されます。環境文学を主要な研究領域とする私などは、既存の国境を無化する「地球文学」という枠組みを考えたりしているのですが、Shades of the Planetはさまざまなジャンルの文学を取りあげていて、きわめて刺激的です。アメリカ文学研究者は、このような「アメリカ文学」の新たな揺らぎと真正面から取り組まなければならないような時代が到来しているような気がします。しかし、ある意味では、「ポストナショナル」な時代は、外国文学としてのアメリカ文学を研究する者にとっても、大きな可能性に満ちた時代であるといえるのかも知れません。
21世紀のアメリカ文学研究のありようについて、KALS全体で取り組んでいけたらと願っております。来年は、九州支部が主体となって、全国学会も開催されます。会員の皆様からのご意見をいただきながら、微力ではありますが、全国学会の成功とKALSの発展に向けて、力を尽してみたいと考えております。ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
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