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--書評-- 野田 壽 著 『ディキンスン断章』 英宝社、 2003年10月、200pp., ¥ 2,100 山里勝己 |
学生のころからエミリー・ディキンスンを読み、いまはアメリカ詩の授業で
この詩人について語る者として、大きな刺激を受けた書物が二つある。一つは、
カリフォルニア大学大学院のセミナーでディキンスンを教えてもらったJoanne
Feit Diehl教授のDickinson and the Romantic Imagination (1981)であり、
もう一つはこの書評で取り上げる野田壽教授の『ディキンスン断章』
(2003)である。両者とも、1775編(Johnson版、1955年)ある
いは1789編(Franklin版、1998年)の全作品を読み通し、広く深い学識
を基礎にしながら、めくらむような詩編の引用と斬新な読みで読者を圧倒する。
本書は、全10章で構成されている。第1章「略伝」から第10章「“We
meet no Stranger but Ourself”−現象としての『私』と理念としての「私」
−」まで、詩作品の精緻な読みと書簡の斬新な解釈、さらには原稿をめぐる問
題、そしてホイットマンとディキンスンの比較など、いずれの章もディキンス
ン研究者としての野田氏の深い洞察に満ちたものになっている。
第1章「略伝」は、ほぼ50頁に及ぶものであり、ディキンスンという詩人
の生涯をさまざまな資料を駆使しながらまとめたものになっている。この「略
伝」が明快に読める理由の一つは、著者が「一人だけの反乱を敢行した」ディ
キンスンの生涯に焦点を合わせたからであろう。84点に及ぶ注に示された著
者の深い学識は、詩に限らず、文学研究のありようを示唆するもので、きわめ
て刺激的だ。
第2章のタイトルは「ディキンスンの詩について」となっていて、タイトル
だけを見るといかにも地味な印象である。これは、野田氏のもう一つの著書
『色のない虹−対訳エミリー・ディキンスン詩集』(ふみくら書房、1996
年)にも収録されている論考であるが、抑制された「地味」なタイトルにだま
されてはいけない。この章はさまざまな驚きに満ちたものであり、評者がもっ
とも引き込まれた論考であった。野田氏は大学2年または3年あたりからディ
キンスンを読み始めたようであるが、その後の長年にわたる著者のディキンス
ン研究のエッセンスが、この章に凝縮されて盛り込まれている。
ディキンスンという詩人を説明するのに、著者はいわゆるアンソロジー・ピ
ースを中心に引用し分析することをよしとしない。それよりも、ジョンスン版
とフランクリン版に収録された全作品を通読し、その中からこの詩人の核とな
るような詩群を選び出し、そのような作品の的確で精緻な分析をとおして読者
にこの詩人の相貌を提示するのである。たとえば、ジョンスン版1233番、
“Had I not seen the Sun”で始まる4行の短い詩の分析は精緻をきわめ、こ
の4行に著者はピューリタンたちの「荒野」や「18世紀から19世紀にかけ
ての北アメリカの思想」を読み込みつつ、「ここにこそ啓蒙の『光』と引き替
えに『神』を見失った時代に、『荒野』を抱えつつ生きる“tragic”な作家の
一人としてこの詩人を位置づける基点がある」と結論づける(p.
60)。
また、そのような「荒野」が詩人の目にどのように映っていたかということ
について、著者は“Behind Me--dips Eternity” (J721)を引用して分析する。
この3連・18行の詩を野田氏はほぼ4頁にわたって分析し、ディキンスンの
思想と技巧について重厚に語っていく(pp. 60-63)。この分析については、
野田氏の詩の研究者としての力量を直接に味わい、評者が感じた知的快感を共
有していただきたいのであるが、対訳を含めて、野田氏の言葉の一つ一つが緊
張をはらみつつ詩の核心に切り込んでいくプロセスは圧巻である。
ディキンスン研究者の力量は、1775編あるいは1789編の詩編全体を
読み通し、これらの詩編相互の深いつながりを把握するだけでなく、白熱する
自らの想像力で詩人の「声」を的確に聞き分けつつその詩の世界を整理すると
ころによく示されるはずである。これは、換言すれば、ディキンスン詩の豊穣
な「荒野」の深みに分け入って詩の核心をつかみだしてくる力業を伴うもので
あるが、「才覚乏しくかつさほど勤勉でもなかった人間」(あとがき)である
と自らを規定する野田氏が本書でなしとげたことは、まさにこのような仕事な
のである。
他の章を紹介する紙幅はすでに残っていないが、どの章を取り上げても、読
者は野田氏の詩の研究者としてのすぐれた仕事に触れることになるだろう。対
訳も高い水準を示し、日本におけるディキンスン研究の一つの到達点を示唆す
る。
専門の研究者だけでなく、大学で詩を学ぶ学生、そして一般読者にもきわめ
て有意義な書である。