|
福岡女子大学 馬塲弘利
今ではすでに懐かしくも思える60年代アメリカ文学が対抗文化という大きな社会の動きと連動していたように、80年代文学もレーガン政権下のアメリカの保守化とポストモダン消費文化の浸透と深い関係をもっていた。
歴史を振り返れば、60年代対抗文化に見られた政治的・社会的・文学的対抗性は、ベトナム戦争後の70年代には急速に力を失い、作家たちの意識は社会問題や政治から次第に離れていった。文学手法の面でも、「小説の死」からの回復を目論むというような60年代の自意識過剰な創作上の革新性も影をひそめた。ベトナム敗戦、ウォーターゲイト事件等で威信を喪失した70年代アメリカを経て、80年代に入ると、レーガン保守政権の下、ポストモダン文化が自明のものとなったアメリカで、反体制的に自己主張をするのではなく、個人の「身近な日常の関心事」を具体的に描こうとするニュー・リアリズム(ミニマリズム)の作家、60年代ポストモダン作家の後継者ともいえる新しいポストモダン作家、ポストモダン消費文化の果ての果てを描くブランク・ジェネレーション(ニュー・ロスト・ジェネレーション)の作家、人種とジェンダー両面で差別を受けてきたマイノリティの女性作家などの創作活動が目立った。
シンポジウムではフロアからも貴重な意見をいただき、今後の80年代アメリカ文学研究に役立てるつもりである。 シンポジウムを終えた今、1つだけ総括的なことを述べさせていただきたい。80年代の作家たちは60年代の作家たちに比べると、それがポストモダン・サブライムであれ、歴史の再考であれ、拡大家族のまとまりであれ、どこかに「出口」を探し求めているように見える。ちょうど「出口なし」の世界を描いた60年代のトマス・ピンチョンが、1990年出版の『ヴァインランド』では僅かながら「光」を求める姿勢を示しているように。
|